黒豚の本場 鹿児島県

鹿児島の黒豚の歴史古い記録は戦国時代から


戦国時代から薩摩国では豚を「歩く野菜」と呼んでいたそうです。なんと戦に向かう時は豚を生きたまま兵糧として戦場に運んだそうです。
薩摩の豚は島津氏が琉球貿易によって取り寄せていた豚とかけあわせ品種改良を重ねていたそうです。現在の黒豚は、明治時代にバークシャー種と呼ばれるイギリス原産の豚が導入され、薩摩で昔から飼われていた豚との改良を重ねたものです。
 

篤姫も食べていた黒豚

Tensyoin

篤姫の夫である徳川慶喜は後に「豚一様(豚肉がお好きな一橋様)」と呼ばれるほどに薩摩の豚を気に入っていたそうです。

 
Komatu Tatewaki

小松帯刀が大久保利通宛に手紙で「一橋公(一橋慶喜)は豚肉を好んで食べ、私に度々、豚肉が食べたいと要求されます。豚肉が手元になくなってしまい、困っているから豚肉を送ってほしい。」といった手紙を書き記していたそうです。

薩摩の黒豚は、この頃から品質と味の良さが認められていたのでしょうね。

送ってもらった豚肉を徳川慶喜と篤姫が美味しく食べている様子が目に浮かびます。
 

西郷さんが大好きな豚骨(とんこつ)

Saigo Takamori

”西郷どん”こと西郷隆盛が大好きだった鹿児島の郷土料理は「豚骨」だったそうです。

「豚骨」とは豚の骨つき料理のことです。別名「武骨煮」とも呼ばれ300年以上前から作られていた鹿児島の郷土料理です。薩摩武士が戦場や狩場で作り始めたといわれています。

作る際に「焼酎」を振りかけるのが鹿児島ならではでしょうか。







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